さるめ神社例祭


  8月17日・18日は、猿田彦神社の中に祀られている佐瑠女神社の例祭です。例祭にあわせ各地方からの奉納された1000を超える電飾提灯が飾られていましたが、灯りがついていなかったので、幻想的な雰囲気が味わえなかったのが残念です。

  

  佐瑠女神社(さるめじんじゃ)は、芸能の祖神、「わざおぎ(俳優)の神」として「たましずめ・たまふり(鎮魂)」の鎮魂の元祖と称されている天宇受売命(あまのうずめのみこと)がご祭神です。
  アメノウズメノミコトは、日本神話に登場する女神。「岩戸隠れ」のくだりなどに登場する芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。古事記では天宇受賣命、日本書紀では天鈿女命と表記されています。


  天宇受売命は、元気でおおらかな女性の鏡とされ、生涯の美しさを求める女性、自立して誇りを持ち自ら生きようとする人にとって極めて大切な神であり、「 縁結び 」の女神としてのあつい信仰があります。

   お賽銭箱のすぐ横に、可愛い恋のおみくじが置いてあります。

  宵宮のお祭り自体は、華やかでもなく町の踊りや太鼓といった「芸」が奉納されて、駐車場のステージでマジックや歌が披露されていました。本日は、佐瑠女神社の社殿前で祝詞の奏上などの神事のあと、巫女さんによる豊栄の舞が厳かに行われます。

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神楽坂に三重の魚


  東京新宿区の神楽坂に今年3月にオープンした「葉っぱがシェフ 神楽坂 MARU DISH」は、紀伊長島が本社で海産加工品等の食品製造、寿司類等の食品製造販売、味噌類等の食料品販売をされているギョルメ舎フーズ株式会社が出資され東京進出したおしゃれなレストランです。http://www.gyorme.jp/index.html

  

  お店のコンセプトによると「葉っぱがシェフ 神楽坂 MARU DISH は、東紀州独自の食文化を「スローフード」と定め、東京・神楽坂にて東紀州産・縄文鍋を加熱の器に用い、大台町産・生茶葉と東紀州で捕れた新鮮な魚介類をつかった四季折々の新和食料理とゆっくり流れる時間を提供する「こだわり」の地域レストランです。」とされています。

   紀北・うつぼのカリカリ揚げと紀北・さんまみりん干しのピザ

  神楽坂の名前の由来については、「若宮八幡の神楽の音がこの坂まで聞こえてきたから」など諸説あります。JR飯田橋駅の西口を出て、外堀通りに出ると、神楽坂下交差点があり、この神楽坂下を登り、毘沙門天善国寺を通り過ぎ、大久保通りとの交差点神楽坂上までが神楽坂です。

  また6月には、志摩市阿児町安乗で活魚問屋を営む「丸勢水産有限会社」が、東京初出店となる直営店「伊勢志摩 丸勢 神楽坂」を、「PORTA神楽坂」1階にオープンしました。
 安乗漁港で水揚げされた魚介類や「伊勢茶」「みかんジュース」「伊勢うどん」「漬物」「大豆加工品」など、三重県の北から南まで、特産品をされています。東京に行きましたら神楽坂に寄って下さいね。
http://www.anori-marusei.jp/kagurazaka.html

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真夏に夕方の公園


  代々木公園は、東京23区内の都市公園の中で五番目に広く、道路を挟んで森林公園としてのA地区と、それとは対象的な陸上競技場、野外ステージなどを備えたB地区とに分かれています。
 かつて陸軍代々木練兵場だったこの場所も、戦後は米軍の宿舎敷地・ワシントンハイツとなり、東京オリンピックの選手村を経て公園となりました。
 都会の真ん中に明治神宮と並んで緑のオアシスとなっていて多くの人たちが思い思いの時間を過ごしています。


         夏の花たちが元気に咲いています。


    バラ園のバラたちもまだまだ綺麗に咲いていますね。


  夏は暑いのがあたり前ですが、木陰や風にあたると涼しく感じることができますよね。木陰は、植物が日差しの熱を下げてくれるので涼しく感じるし風は、汗が気化して体温が奪われるので涼しく感じさせてくれます。夕方の公園のベンチは、昼間の暑さから解放させ安らぎをくれますね。



  黄昏時(たそがれどき)、古くは「暮れ六つ」や「酉の刻」ともいい、現在の18時頃のことになりますね。「きこん」と読まないのは、誰彼時とも表記し、「誰そ、彼」のことであり、「そこにいる彼は誰だろう。よく判らない」といった薄暗い夕暮れの事象を、そのまま言葉にしたものと、本来の夕暮れを表す漢字の黄昏を合わせたものであるといわれます。

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長谷寺のパワー


  桜井市の長谷寺は三輪山の麓にある檜原神社と伊勢の国斎宮跡を結ぶ一直線上に位置しています。この一直線は測量によって形成されるものであり、小川光三氏によって「太陽の道」と名づけられました。長谷寺の十一面観音は右手に錫杖、左手に水瓶を持って方形の大盤石という台座に立つ、いわゆる長谷寺式十一面観音菩薩です。右手に錫杖をもつ観音はわが国では、この長谷寺だけといわれています。
 長谷寺の僧侶さんは、毎朝、東に向って拍手を打つといわれることからも太陽信仰と関係があるようです。

  長谷寺は、三輪山との関係が深く太陽と水のバランスが取られています。

  「五重塔」は戦争殉難者壇信徒慰霊と世界平和を祈願し、昭和29年(1954年)に建立され、平成元年(1989年)には興教大師の850年忌記念に際し修理が行われました。

  五重塔の前には、豊臣秀頼によって再建されましたが、明治9年に落雷で焼失した三重塔跡が礎石のみを残しています。

  一切経堂(いっさいきょうどう)は、1561年牧野備後守成貞によって再建され、唐木の一切経が治められていますが、現在立ち入り禁止になっています。外見だけ見ても風情があります。

  「弘法大師御影堂」は弘法大師入定1150年忌を記念して昭和59年(1984年)に建立されました。

     写経堂は、改装され新しくなっています。


  長谷寺は、一年を通して美しい花の寺としても知られ多くの人が訪れます。

  幻想的で威厳のあるたたずまいの長谷寺の観音様は、世間の苦しみと悩みを聞き届けてくれ癒してくださります。


十一面観音様の本堂は国宝


  長谷寺の本堂は、大河ドラマ「江」の息子である徳川三代将軍家光の寄進を得て、正保2年(1645年)から工事に取り掛かり、5年後の慶安3年(1650年)に落慶したもの。本堂は傾斜地に南を正面として建っていて前面が京都の清水寺本堂と同じく懸造(かけづくり、舞台造とも)になっています。そこからは長谷寺境内全体を見渡せる展望が開けています。
 仁王門をくぐって長い登廊(のぼりろう)上中下と3つ合わせて399段の石段をクリアすると、さらに本堂の入り口に2段あり計401段になります。「死(4)」の苦しみを乗り越えたところに観音様はいるということになっているとか。


  本堂舞台から見た長谷寺の風景。大きな木は、天狗杉と呼ばれるています。仁王門から一直線に上に伸びる「登廊」が丁度直角の曲がる右側に目通り4m樹高約60mの巨木です。「登廊」を従えて天を突くように聳えている姿は圧倒的な大きさを感じます。

        清水の舞台ならぬ、長谷の舞台です。

  本尊十一面観世音菩薩は奈良時代より盛んであった観音信仰の象徴として崇拝され、平安時代になると、高貴な人々のあいだで長谷寺への参詣が流行しました。人々に慕われた「初瀬詣で」は「源氏物語」「枕草子」など多くの古典に語られています。「初瀬詣で」は次第に武家、庶民へと広がり、長谷寺はさらに多くの信仰を集めました。

  本尊は、通常の十一面観音像と異なり、右手には数珠とともに、地蔵菩薩の持つような錫杖を持ち、方形の磐石の上に立つ姿である(左手には通常の十一面観音像と同じく水瓶を持つ)。伝承によれば、これは地蔵菩薩と同じく、自ら人間界に下りて衆生を救済して行脚する姿を表したものとされ、他には見られない独特の形式です。高さが10mほどある日本最大の木造仏で楠の霊木で造られています。

  本堂は、外観上は1棟ですが、本尊を安置する正堂、参詣者のための空間である礼堂、これら両者をつなぐ相の間の3部分からなっています。

       礼堂から相の間そして正堂を見ます。


  長谷寺を開いた徳道上人は、西国三十三所霊場めぐりの創設者と伝えられています。養老2年(718年)、徳道上人が病に倒れ冥土に行きましたが、閻魔大王から『あなたは死んではいけない。世に三十三の観音霊場があり、これを巡礼すると清められ、苦しみ悩みから救われる。まだ誰もこの霊場のことを知らないので、人々に知らせて広めよ』と教えられ、宝印を授けられて蘇り(黄泉帰り)されました。徳道上人は三十三の観音霊場をめぐり、人々に霊験を説いてまわりましたが信じてもらえませんでした。落胆した上人は閻魔大王から授かった宝印を摂津の中山寺に埋めて機が熟すのを待つことにしたようです。この宝印は約270年後に花山法皇によって発見され、再興されました。西国観音めぐりは、日本で最も古い巡礼で参拝者が多い事で知られています。

  長谷寺では、東北大震災後、義援金を集めるのに托鉢にとどまらず、若い僧侶たちの発案で始めた試みという本堂近くの鐘楼堂を開放して、参拝者に梵鐘を見てもらい寄付を募る箱が置かれるようになりました。


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