松阪市大河内町にある大河内城跡。
自然いっぱいの場所です。
散策の際には、大河内地区市民センターにて、地図や御城印をもらって(休館の時は、市民センター入口の案内板脇に設置してあります。)歴史を感じながら歩いてみてくださいね。
山というほど登らなくてもいいので、気軽に歩ける城跡かなと思います。
【説明】標高110m余りの丘陵突端部一帯、300m四方の範囲内に建造され、東裾には坂内川、北裾には矢津川が流れ、南裾と西裾には深い谷が巡って自然に要害の地を形成している。城の縄張りは本丸を中心に北を大手口、南を搦手口とし、西に西の丸、東に二の丸・御納戸・馬場などを配し、随所に堀切りや台状地が残る。本城は応永年間、伊勢国司北畠満雅により築城され、弟顕雅が入城して、その子孫は代々「大河内御所」を称した。永禄12年(1569)8月、本城をめぐって北畠具教軍と織田信長軍が敵対し、北畠軍は50日にもおよぶ蘢城戦に耐え、やがて和睦が成立している。この一大攻防の結果、本城は難攻不落の堅城と称賛されたが、天正3年(1575)には信長の次男北畠信雄により解体されている。
創建年代:室町時代(県指定史跡)