角屋七郎兵衛のご縁


  ベトナム中部のホイアン市は、人口12万人ほどの世界遺産に登録されている歴史と文化のある観光都市です。現在の街づくりをされてきた元市長のSU氏が、松阪市を訪問されました。

  最初に訪問されたのは、白粉町の来迎寺にある角屋七郎兵衛のお墓参りです。それは、17世紀前半の30余年間が、徳川幕府の政策として、東南アジア各地との朱印船貿易を奨励し、日本人が海外との活発な交流を持った時代があった時、松阪商人の角屋七郎兵衛が22歳の時に長崎から御朱印船八幡丸に乗って安南(ベトナム)に渡り、貿易商を行っていました。しかし鎖国令で帰国を禁じられ、ホイアンに日本人約200人と共にとどまり、日本人町の長として活躍したご縁があるからです。

  松阪市役所の山中市長を表敬訪問し、ホイアン市の街づくりの政策や苦労話しをされました。また、ホイアンが世界遺産に登録できたのは、日本人の築いてくれた街や人々との交流によるものがあったからと感謝してくださいました。

  山中市長から、松阪市民は鈴の音で癒されていますとプレゼントされました。SU氏は、市役所の玄関横にある「借金時計」に大変興味を示されました。
 市長は、市の財政運営について市民により関心を持ってもらうとともに、市職員に、次世代に対して借金を背負わせて市政が運営されていることを常に実感してもらうことで、緊張感をもった市政が行われることを期待していると説明しました。

  貿易家の角屋七郎兵衛の本姓は、松本で名を栄吉といいました。日本町の指導者として朱印船貿易に協力して活躍し、現地で結婚した妻は安南国王の一族阮(グエン)氏の娘でした。七郎兵衛には長崎,堺,松坂に兄弟や親類がいて彼らと連絡をとっていて、鎖国下に数通の書状をこれらの親類に送って、その実物を残しており、消息や生活必需物資を送らせたり、伊勢神宮をはじめ神社,仏閣への応分の奉納などを行っていました。ホイアンに松本寺を建立した、死後に現地松本寺と松坂来迎寺に葬られています。

  来年、ホイアンで夏に行われている国際フェスティバルが10周年を迎えることから、山中市長にホイアン訪問を呼び掛けられ、市長も交流を深めていきたいと意欲をみせてみえました。
  市長の隣には、ホイアンの街並み保存を研究、協力されている昭和女子大学・国際文化研究所の友田先生とフェスティバルをフォローしているプランニング会社の堀口社長さんがいらっしゃいました。

 角屋の家があった湊町の近くのレストランにて、ウーロン茶で乾杯!生ものの「刺身」は苦手のようです。食も文化ですね。

  昨年は、角屋七郎兵衛の生誕400年を記念して、仲村館長さんのご尽力により歴史民俗資料館にて記念企画展が開催されていました。

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